ウォ~~~~~~ン
ウォ~~~~~~ン
夜中の12時。
深い眠りに落ちていた私。それはオオカミの遠吠えに聞こえた。
山の方で鳴いているのかな・・・
ん・・・我が家は田舎とはいえ、さすがに山奥ではない。
(↑寝ぼけて判断力ゼロ)
じゃあ・・・あぁ、どこかのお宅の赤ちゃんかな。
夜泣き、大変だな……。
ウォ~~~~~~ン!!!
音量、急上昇。
……ん?
……近い?
ウチか!?!?!?
そうだ。これはウチの5歳娘の声だ。
普段は同じ部屋で寝ているが、この夜は事情が違った。
5歳娘と夫は、ともにインフルエンザ感染中。
感染者2人は隔離のため、リビングで寝ていたのだった。
5歳になってから夜泣きなど一切なかった娘。
一体、何が起きたというのだーーーー。
◆5歳娘、人生初インフルエンザ
事の始まりは日曜の朝。
娘が38℃の発熱+嘔吐。
月曜に受診し、インフルエンザA型と診断された。
抗ウイルス薬を吸入し、熱は一時39.9℃まで上がったものの、
火曜の朝には38℃台、夜には36℃台まで下がり、再燃はなかった。
一方で、夫。
月曜夜から発熱し、火曜には布団から出られない瀕死状態。
「……5歳娘の面倒、まぁ大丈夫だよね?」
そう自分に言い聞かせ、私は仕事へ向かった。
帰宅すると、夫は完全に沈没。
娘はというと――
夫の布団の周辺をウロウロし、
テレビで『おさるのジョージ』を端から端まで視聴していたらしい。
「1日何してたの?」
そう聞くと、娘は一言。
「わすれた~」
今思えば、その一言にすべてが詰まっていた。
その時の私は、
「一人でもなんとか過ごせたのか。成長したなぁ」
などと、のんきなことを考えていたのだが。
それは、大きな勘違いだった。
冒頭の「遠吠えのような夜泣き」は、まさにその夜の出来事である。
◆夜泣きの原因は?
慌ててリビングへ向かうと
5歳娘は我を失って泣き叫び、足をバタバタ、キックの嵐。
まるで赤ちゃんに逆戻りしたかのようだった。
日中は「おとなしく」過ごしていた――はずなのに?
いや、違う。
必死で我慢していただけなのだ。
・自分もインフル直後
・大好きな「とーちゃん」は瀕死
・誰にも甘えられない
・約9時間、たった一人の戦い
ウォ~~~~~~ン
ウォ~~~~~~ン
その泣き声が、
「何で一人にしたの?」
「さびしかったよ」
そう訴えているように聞こえた。
私はそこで、
自分の判断の甘さと浅はかさを、ようやく思い知った。
◆大反省会
インフルで瀕死の人に、子守を任せてはいけない。
本当は、私が仕事を休むべきだった。
「月曜に休みをもらったし、これ以上は申し訳ない」
そう思ってしまったのだ。
でも冷静に考えれば、
職場には頼れる同僚がいる。
事情を話して相談する余地は十分にあった。
そして何より――
5歳の娘は、その日の朝、
自分がどんな1日を過ごすことになるのか、理解していなかった。
「お熱だから保育園お休み」
「家でとーちゃんと遊ぶ」
そんな、いつものお休みの日を想像していただけ。
それが、
苦しそうなとーちゃんを横目に一人で過ごすという、
経験したことのない過酷な一日となり、
身も心も擦り減ってしまったのだろう。
◆同じ状況の人へ|気づいたこと
ここで、今回の経験からの学びをまとめてみました。
✔ 子どもが病気のときは「動ける大人」が必須
→ 体力だけでなく、心のケア要員として。
✔「大丈夫そう」は信用しない
→ 静かな子ほど、限界まで我慢している。
✔ 仕事の休みは“相談してから”判断する
→ 休めないと決めつけない。
✔ 仕事が休めなければ病児保育を活用
病児保育も「慣れない環境」ではあるが、
そこには病気の子どもを看るプロがいる。
瀕死の家族 < < 病児保育
この選択、全然アリ。
◆まとめ
あの夜から1週間経っても娘の夜泣きはまだ続いている。(当初よりは軽くなったが)
インフル後、久々の保育園ストレスも重なったのだろう。
今回、身にしみて感じた。
そばに大人がいれば安心、ではなかった。
子どもと向き合える大人が、そばにいることが必要だった。
心がこちらを向いていなければ、子どもは一人なのだ。
休むこと、頼ること、外部サービスを使うこと。
もっと適切に考え、選択していきたい。
――あのオオカミの遠吠えを、二度と聞かないために。

